2007年12月30日

「コケ」という言葉の語源

コケという言葉の語源を「木毛(こけ)」とし、木に付く毛のような植物を意味したものと説明されることが多い。
この解釈は、江戸時代の国学者・谷川士清(1709-1776)の著作「和訓栞」(成立年代不詳)にルーツを求めることができる。これは本邦初の五十音順に配列された国語辞典だそうだ。
和訓栞には、「こけ」は、「木毛の義なるべし」という記述がある。
コケ学の大家、服部新佐博士(1915-1992)が蘚苔地衣雑報No.3に寄せた小文「“こけ”と云ふことば」にも和訓栞が引用されており、そのなかで服部博士は「こけは矢張り木の毛と解するのが穏当であろう」と述べている。しかし博士は続けてこうも述べている。「私の感じから云へばこけは小さい毛のようなもので、何でもものの表面に生ずるものを云つたようである」と。小毛(こけ)。このコケの語源を小毛とする解釈は、これまた江戸時代の本草学者・貝原益軒(1630-1714)の著作「日本釈名」(1699)にルーツを求めうる。これは本邦初の語源を扱った書物である。日本釈名によると、「苔(こけ)」は、「小毛(こけ)なり。こまかにして毛の如し」である。「木毛」と「小毛」、どちらが正しいかなんて言い争うのは不毛であるが、私は「小毛」がもっともらしいような気がしている。

文献
服部新佐(1963)“こけ”と云ふことば、蘚苔地衣雑報No.3、4-5。




  

Posted by 上野健 at 01:14

2007年12月22日

湿った苔乾いた苔

吉行淳之介の小説に「湿った空乾いた空」という作品がある。
そのなかの主人公「私」は場の湿度の違いを鋭敏に感じ取ることができるほど、繊細な感性の持ち主として描かれている。
コケ植物は体内の水分状態が周囲の湿度条件に応じて劇的に変化する変水植物だ。
乾燥した空気に長時間曝されると、コケ植物はカラカラになり代謝活動が停止する。
そして再び水が与えられると速やかに代謝活動を再開する。
コケの植物体がカラカラになり休眠している状態と水を得て活動している状態の違いは、その「葉」の開閉状態と密接な繋がりがある。つまり、植物体が乾いて「葉」が閉じた状態は休眠していると考えてよく、植物体が湿って「葉」が開いた状態は活動していると考えてよい。

左の写真が「葉」が開いた状態。右の写真が「葉」が閉じた状態。



  

Posted by 上野健 at 00:17

2007年12月15日

苔とあるく

散髪に行ったとき、どうぞと渡された雑誌が「東京カレンダー」だった。
大人向けの月刊情報誌である。主に東京の洒落た飲食店を紹介している。
http://www.tokyo-calendar.tv/
他の雑誌にもあるように、この雑誌にも書籍を紹介するための連載コラムがあり、女優の市川実和子さんが毎月3冊の本を選んで紹介している。2008年1月号に紹介された3冊の本のなかに、「苔とあるく」があった。まさかここでコケの本に会えるとは・・・。「苔とあるく」、すごいね。「苔とあるく」というタイトルの本は、岡山の蟲文庫という古本屋さんのご主人、田中美穂さんが書かれたコケのガイドブックである。コケ植物が何たるものか、コケを全く知らない人にも分かるように丁寧に分かりやすく解説している。
市川実和子さんの書評の後半部分を引用しよう。
「専門的なことも書いてあるが、ちっとも難しくないし、とっても個人的なこともあるのに、さらりとしている。とてもいい温度で苔のことが綴られていく。基本的には苔を中心にして、膝から下の世界をみつめている田中さん。苔におでこをくっつけるようにしてルーペを覗くその姿に、おおお、とつい声を出してしまいました。おんなじ道でも、ほんとうにいろいろなみつめ方があるのだと、新鮮な気持ちになりながら。」
市川さんの書評もうまいし、「苔とあるく」をコラムで取り上げるセンスも素敵。
もちろん、そういう書評を書かせた田中さんの情熱あふれる本が素敵なのは言うまでもない。

http://www.amazon.co.jp/%E8%8B%94%E3%81%A8%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%8F-%E8%9F%B2%E6%96%87%E5%BA%AB%E5%BA%97%E4%B8%BB-%E7%94%B0%E4%B8%AD%E7%BE%8E%E7%A9%82/dp/487290320X/ref=pd_bbs_sr_1?ie=UTF8&s=books&qid=1196858597&sr=8-1  

Posted by 上野健 at 21:42

2007年12月11日

ウサギゴケ

「ウサギゴケ」という名前の観葉植物が売り出されているらしい。
http://www.nikkoseed.co.jp/usagigoke/usagigoke.htm
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/Utricularia-sand.html
某先生に、「これもコケ?」と見せられた。とてもかわいい植物だ。
でも違います。花も咲いているし。コケは花を咲かせません。
「ウサギゴケ」は商品名(流通名?)らしいけど、標準和名として、○○ゴケと名付けられている種子植物もある。
サギゴケ、モウセンゴケなどがそれである。そのサイズの小ささがコケっぽく見えたのだろうか。
件の「ウサギゴケ」は、タヌキモ科タヌキモ属の一種でそのなかでもミミカキグサの仲間に入れられる。
学名はUtricularia sandersonii 。タヌキモを知っている人はこの植物が食虫植物であることに気づくかな。
これは根っこに捕虫嚢があるらしい。そういえばタヌキモだって、藻類じゃないのに、「モ」って付いていますね。
一方、コケ植物なのに、○○グサ、○○ソウという名前の付いているコケもある。
コウヤノマンネングサがその一つだ(下の写真)。
この名前は江戸時代から存在し、名前を付けた当時は草だと思われていたのだろう。
その当時の名前が現在まで生き残っている。



  

Posted by 上野健 at 15:45

2007年12月03日

コケが生えた

どこに生えたかというと、風呂場にコケが生えたのだ!
風呂場に生えるものと言えばカビが定番だが、我が家の風呂場にはコケも生えている。
意図的に生やしたのではなく、自然に生えてきたのだ。胞子が飛んできたのね。
コケ研究者の家の風呂場に生えるなんて、コケも生える場所をわきまえてるね。
かつて、研究の世界とは全く無縁の人に、自分がどういう研究をやっているか説明する機会があった。
その時いくら説明しても、「ああ、カビのことね」と何度も念を押されたのを思い出す。
コケとカビのイメージがごっちゃになっている人って結構いるのではないか?いない?
コケもカビも胞子を分散して、繁殖するという共通の性質があるし。
が、コケは植物で、カビは菌類である。コケは光合成をして自ら生活エネルギー(有機物)を作り出す生産者。カビはその有機物を分解してエネルギーを取り出す分解者であり、結果として有機物が無機物に変えられる。生き物としての機能タイプが違うのだ。どちらが優れていて、どちらが劣っているというのはないけど。それはさておき、風呂場に生えてきたカビはとても嫌われますよね。コケはどうなんでしょう。我が家に生えてきた愛しのコケたち。カビに負けないで旺盛に育っておくれ。




  

Posted by 上野健 at 21:53